糠南駅:JR宗谷本線|旅情駅探訪記

ホーム上に設けられた物置の待合室が印象的な糠南駅

糠南駅:旅情駅探訪記

初訪問 ~1997年8月~

名寄から北のJR宗谷本線は、宗谷北線とも呼ばれ、北辺の荒蕪地を行く、ひときわ旅情深い路線である。

天塩川を母として穏やかに形作られた大地には、一面の牧草地が広がり、遠くに、ぽつりぽつりと、酪農家のものと思われるサイロ付きの家屋が散見される。

コロンというお菓子を思わせる牧草ロールが、そこかしこに転がり、その脇で、乳牛が、白黒まだらな巨体をのんびりと横たえ、思い思いの姿勢で草を食んだりしている。

そして、時折、思い出したかのように車窓に現れる駅は、どれも簡素な無人駅ばかりだ。

そんな宗谷北線の無人駅の中でも、糠南駅は、忘れがたい旅情駅の一つである。

この駅を知ったのは、古く大学生時代、1997年8月の旅の道中でのことだった。

丁度、陸上競技のレースが札幌で開催されるのに合わせ、所属チームの合宿も北海道で行うことになっており、その前後の期間を利用して、初めて夏の北海道を旅したのである。

車両の最後尾に立って、車窓越しに宗谷本線の旅を楽しんでいると、やがて、一両分の長さがあるかないか、といった程度の板張りだけのホームに、鈍行は停車した。

板張りの一角には、一瞬、何かの間違いか?と思わせるように物置があり、これが、待合室なのであった。

あとは、駅名標などの最低限の駅設備。少し離れたところには、朽ちかけた木造待合室が残っていたように思う。

これが、この駅の全て。他には何もなかった。

だが、私にとって、それは感動的な風景だった。

こんな豊かな駅には、滅多に出会わない。

この時は、途中下車の予定がなかったので、写真を撮影しただけで、後ろ髪引かれながら、駅を車窓に見送った。

車窓越しに初めて出会った糠南駅 ~1997年8月~
車窓越しに初めて出会った糠南駅 ~1997年8月~

再訪問 ~2001年6月~

途中下車することが出来たのは、それから4年後、2001年6月のことだった。

折しも、JR北海道では、6月末に、宗谷本線や石北本線で、一気に6駅が廃止されることになっていて、この糠南駅付近でも、隣接する上雄信内駅が廃止されることになっていた。

通常、6月頃に、長い旅に出ることはなかったのだが、駅の廃止の予定を知るにつけ、居ても立ってもいられない気持ちになり、往復とも新日本海フェリーで、北海道を訪れた。

その旅の中で、糠南駅への途中下車の機会に恵まれたのである。

この年は、北海道を旅する間中、エゾ梅雨を思わせるような曇雨天に見舞われ、霧に沈んだ風景の中を旅することになったのだが、霧の北海道も、それはそれで、印象深い。

再訪した糠南駅も、霧深い草むらの中に埋もれるように、しっとりと佇んでいた。

ホーム上に設けられた物置の待合室が印象的な糠南駅
ホーム上に設けられた物置の待合室が印象的な糠南駅

糠南駅のスペック情報的な詳細は割愛するが、開業は、国鉄時代の1955年12月2日に遡る。細かいことを言うならば、この開業は、「仮乗降場」としての開業であって、正式な「駅」としての開業ではなかった。

人口希薄な僻地の鉄道路線では、駅間距離が長く、道路事情や気象事情によっては、最寄りの駅まで通勤通学で通うことが困難な場合がある。

そのような場合に、駅と駅の間に、便宜的に設けられた乗降場が、「仮乗降場」なのである。便宜的なものであるから、駅の施設は最低限のものに限られ、時刻表などに掲載されないものも多かった。

このような背景があるため、「仮乗降場」は、特に北海道に多く存在した。

糠南駅も、その出生が「仮乗降場」としての立場であったため、あくまで、「仮」のものとして駅施設が設けられた。

正式に「駅」になったのは、分割民営化によりJR北海道が発足した1987年4月1日である。駅の維持管理者が変わり、根拠法令が変わったことにより、形式的に「仮乗降場」が「駅」になったのである。

朝礼台とも言われる、一両分の長さもないような板張りホームは、そういった出生秘話を、今に伝えている。

物置は?と言えば、これは、開業当初からのものではない。

地元自治体の幌延町のWebサイトによれば、2015年頃の記事で、「設置から30年近く経過し…」とあることから、1980年代後半に、設置されたもののようである。どうやら、木造の古い待合室が、気象災害で倒壊したため、その代替として、地元の手によって設置されたという経緯があるようだ。

それ以降、北海道の厳しい気象環境の中で、30年以上に渡って、これだけの簡素な構造物が維持管理され、原型を保っているというのは、奇跡のようにも思えるが、それは、地元幌延町や地域住民、そして、物置のメーカーである淀川製鋼所(ヨドコウ)による補修協力などの賜物である。

そして、それが、「旅情」となって、旅の車窓を通して、途中下車に誘うのであろう。

わずかな滞在時間ではあったが、この駅でのひと時は、至福の時間であった。

名寄方面への単行気動車で駅を後にした
名寄方面への単行気動車で駅を後にした

第三訪 ~2001年8月~

三回目の訪問と言ってよいかどうかは分からないが、2001年8月には、再び、北海道を旅する機会があり、宗谷本線の旅の間に、糠南駅を通過した。

一部の普通列車は、糠南駅を通過するダイヤが組まれており、あいにく、私の乗車した普通列車は、糠南駅には停車しなかった。

その為、通過列車の車窓から、写真を撮影しただけだったが、2ヶ月ぶりの糠南駅は、夏晴れの中、爽やかに佇んでいた。

通過列車の車窓から眺めた、夏の糠南駅
通過列車の車窓から眺めた、夏の糠南駅

第四訪 ~2016年1月~

学生時代から、真冬の北海道を旅する機会は何度かあった。

実際に北海道に住んでいた数年間には、大型のRV車を運転中に、ボンネットが見えなくなるくらいの、猛烈な地吹雪を体験したこともあるし、放射冷却で冷え込んだ朝には、マイナス30度近い大気の底で、ダイヤモンドダストに包まれたこともあった。

北海道と言えば、夏の爽やかなイメージを抱く人も多いと思うのだが、私が一番好きなのは、真冬の、厳しさと優しさが同居した北海道である。

2015年から2016年の年末年始は、そんな真冬の北海道を、久しぶりに、野宿で旅する機会を得た。旅人として、冬の北海道を訪れるのは、1998年2月~3月にかけての旅以来である。

青春18切符や北海道東北パスで、北に向けて鈍行を乗り継ぐ中、盛岡近郊では、着雪による踏切障害で数十分間の立ち往生が発生し、最後の「ブルートレイン」だった急行「はまなす」で訪れた北海道は、吹雪に加え、トンネル火災が発生するなど、大荒れの様相だった。

旅の後半には、宗谷本線を2泊かけて巡ったのだが、ここ、糠南駅も、訪れることが出来た。

旭川行きの鈍行から降り立った糠南駅は、綺麗に除雪されており、孤独な旅人を迎えてくれた。

名寄方面への単行気動車から、夕刻の糠南駅に降り立った
名寄方面への単行気動車から、夕刻の糠南駅に降り立った

この日も北海道は全域で吹雪が続いており、宗谷北線のエリアでも、終日吹雪だった。

そんな中でも、JRの列車は、さしたる遅れもなく定時運行をしており、至るところで、保線作業に従事する職員の姿が見られた。いくつかの駅では、冬期限定の除雪アルバイト募集のビラも見かけた。

企業体としてのJR北海道に対しては、その経営姿勢を巡って厳しい指摘がある。

その全てが的外れなわけでもないだろうし、もっと工夫されて良い部分があるのも事実であろう。

しかし、そのようなことを机上壇上で振りかざす前に、冬期の除雪作業のアルバイトに、従事してはどうか?

どれほどの厳しさの労働を、どれくらいの水準の賃金で、どれくらいの年齢の人々が担っているのか、肌身を持って体感することがあれば、北の大地の鉄道経営の厳しさに対して、温々とした場所から、軽々しく批判することに、違った感じ方が得られるかもしれない。

ここ、糠南駅も、綺麗に除雪されていた。

それは、保守保線に関わる「誰か」のおかげなのである。

吹雪の合間、ほんの一瞬、降り積もる雪の音さえ聞こえてきそうな静寂に包まれた。そこには、人に守られている駅が持っている、温かな旅情があった。

吹雪の合間、ほんの一瞬、降り積もる雪の音さえ聞こえてきそうな静寂に包まれた
吹雪の合間、ほんの一瞬、降り積もる雪の音さえ聞こえてきそうな静寂に包まれた

この日は、16時15分発の旭川行きで到着し、18時48分発の幌延行きで出発する計画であった。

吹雪による遅延が心配されたが、いずれの列車も、遅延なく運行されていたことには、驚かされる。

夕刻の到着で、既に暗くなり始めていたことや、折からの吹雪と周辺の積雪の影響もあって、駅から遠くに歩いていくことは出来なかったが、刻一刻と表情を変える駅の佇まいに、しばし、言葉を失いながら、至福の時間を過ごすことが出来た。

時折、踏切の遮断機が降り、通過列車が雪煙とともに高速で通り過ぎていく。

束の間、2条の線路が露わになるのだが、深々と降り続く雪は、そんな線路を、いともたやすく隠してしまい、通過列車の痕跡は、すぐに、埋もれてしまう。

埋もれた後の雪の轍を見ていると、それは、あたかも廃線跡のようにさえ思えるが、駅や踏切を照らす明かりが、現役の鉄道施設だということを、主張している。

すっかり暗くなった糠南駅を訪れる者は居ない。

再び強くなり始めた吹雪の彼方から、18時48分発の幌延行き普通列車の前照灯が近づいてきた。

あっという間の2時間あまり。

その余韻を噛み締め、去り難い思いを胸に、糠南駅を後にした。

次に訪れる時は、この駅で、駅前野宿の夜を過ごしたい。

再び激しくなりだした吹雪の中、糠南駅を後にした
再び激しくなりだした吹雪の中、糠南駅を後にした

糠南駅:旅情駅ギャラリー

2001年6月撮影(フィルムスキャン)

糠南駅を象徴する物置の待合室
糠南駅を象徴する物置の待合室
稚内方に存在した上雄信内駅を示す当時の駅名標
稚内方に存在した上雄信内駅を示す当時の駅名標
糠南駅から稚内方の風景。「中問寒糠南線踏切」が間近に見える
糠南駅から稚内方の風景。「中問寒糠南線踏切」が間近に見える
糠南駅から旭川方の風景
糠南駅から旭川方の風景
「中問寒糠南線踏切」から眺めた糠南駅
「中問寒糠南線踏切」から眺めた糠南駅
緩やかな曲線に、踏切とともに簡素な駅が佇んでいる
緩やかな曲線に、踏切とともに簡素な駅が佇んでいる
駅前に転がる牧草ロール
駅前に転がる牧草ロール
駅の近傍の道路から眺めると、草むらに埋もれて見える
駅の近傍の道路から眺めると、草むらに埋もれて見える

2016年1月撮影

吹雪の中、駅と踏切の灯りが印象的な真冬の糠南駅
吹雪の中、駅と踏切の灯りが印象的な真冬の糠南駅
おなじみの物置待合室も、雪帽子を被って佇んでいた
おなじみの物置待合室も、雪帽子を被って佇んでいた
糠南駅の入口に当たる方向から
糠南駅の入口に当たる方向から
糠南駅の裏口に当たる方向から
糠南駅の裏口に当たる方向から
除雪された駅のホームに再び雪がつもり始めた
除雪された駅のホームに再び雪がつもり始めた
スポットライトが印象的な「中問寒糠南線踏切」と糠南駅
スポットライトが印象的な「中問寒糠南線踏切」と糠南駅
途中下車して程なく、辺りは宵闇に包まれた
途中下車して程なく、辺りは宵闇に包まれた
断続的な横殴りの吹雪の中に佇む、糠南駅の孤影
断続的な横殴りの吹雪の中に佇む、糠南駅の孤影
向かい側の道路から遠望する糠南駅
向かい側の道路から遠望する糠南駅
灯りの点る駅には、寂しさや孤独の中にも、どこか温かみが感じられる
灯りの点る駅には、寂しさや孤独の中にも、どこか温かみが感じられる
吹雪を避けて物置の待合室でホッと一息
吹雪を避けて物置の待合室でホッと一息
2017年当時は、各駅停車が、一日、3往復のみ停車していた
2017年当時は、各駅停車が、一日、3往復のみ停車していた
駅を維持する幌延町のオリジナルグッズ販売のビラが掲示されていた
駅を維持する幌延町のオリジナルグッズ販売のビラが掲示されていた
稚内方の駅名を貼り直した跡がある駅名標
稚内方の駅名を貼り直した跡がある駅名標
まるで独演の舞台のような、印象的な糠南駅の風景
まるで独演の舞台のような、印象的な糠南駅の風景
僅かな時間で、ホームはすっかり吹雪に覆われた
僅かな時間で、ホームはすっかり吹雪に覆われた
吹雪が止んだほんの一時 深閑とした宵闇に佇む糠南駅
吹雪が止んだほんの一時 深閑とした宵闇に佇む糠南駅

糠南駅:地図情報

国土地理院地図画像

空撮画像

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