滝駅:旅情駅探訪記
2001年8月(ぶらり乗り鉄一人旅)
栃木県の宝積寺駅から分岐して烏山駅に至る烏山線というJR路線がある。
この地域の住民ではないにも関わらず、「宝積寺」や「烏山」という地名だけで、その位置関係や、JR烏山線の路線をイメージできる人が居るとすれば、かなり、鉄道に詳しい人だろう。
JR東日本の路線の中でも、烏山線は、かなり地味な路線と言える。栃木県宇都宮付近の東北本線からは、西に向かって日光線、東に向かって烏山線が分岐しているのだが、日光の知名度と烏山の知名度の差は、比ぶべくもない。
その烏山線を訪れ、終点の烏山駅の1つ手前にある滝駅で、駅前野宿の一夜を過ごしたのは、2001年8月のことだった。
大学院生としての学生生活最後の夏、就活終了の足で東北・北海道を3週間ほどかけて鉄道で旅したのだが、その旅の2日目の夜を過ごしたのが、この駅だった。
複線電化の近代路線である東北本線から、単線非電化の烏山線に入ると、途端に、ローカル色が強くなる。運行車両もキハ40系で、宇都宮の通勤圏とは言え、沿線風景は長閑な田園里山だ。
この日は、烏山駅まで乗り通してから折返して、この滝駅で下車した。
宇都宮からの下り列車には、通勤・通学の旅客の姿が見られたが、烏山からの上り列車は、乗客の姿も見られない。滝駅での乗降客も自分一人だった。
烏山線が走る沿線は、鴻野山駅と大金駅との間で、鬼怒川流域と那珂川流域との間の分水界を越えており、東北本線との分岐駅である宝積寺駅付近が標高160m程度、終点の烏山駅付近が標高95m程度で、全体としては、烏山駅方向に向かって下り勾配になっている。
鬼怒川流域の前半は水田穀倉地帯。那珂川流域の後半は丘陵里山地帯である。
終点の烏山は、城下町として知られており、「角川日本地名大辞典9 栃木県」は、「那須記」の記述を引いて、「応永25年那須資重が酒主村西峰八高山頂に築城した烏山城にちなむ」と地名の由来を記している。応永25年は西暦1419年である。
烏山城は現存せず、現在は、石垣などの残る城址公園となっている。
滝駅に降り立ったこの日は、日が暮れてからの下車となったため、駅名の由来となった龍門の滝を訪れるのは翌朝にして、駅裏の狭い空間にテントを張り、駅前野宿とした。
下車したあとにやってくる列車は少なくなかったが、下り列車からは、夜遅くまで、帰宅を急ぐ旅客の姿が見られたものの、宝積寺・宇都宮方面への上り列車には、ほとんど乗客の姿はなかった。
駅の周辺には民家が点在しており、決して無人境ではないが、日が暮れた駅を訪れる人もなく、明かりの灯る駅の姿は、好ましい旅情駅の佇まいだった。
滝駅は1954年6月1日の開業で、当初から、1面1線の棒線駅であった。駅名は周辺地名に由来するが、「滝」という地名自体は、付近にある「龍門の滝」に由来する。
「角川日本地名大辞典29 栃木県」によると、「龍門の滝」は、「高さ20m、幅65m。横幅のある滝で、滝の中段には直径約4mの男釜、約2mの女釜と呼ばれる深い縦穴、甌穴があり、この大釜が大蛇伝説を持つことから竜門滝〔ママ〕と呼ぶようになった」のだと言う。
「郷愁の野州鉄道(大町雅美・随想舎・2004年)」によると、烏山線自体は、大正年間の1923年4月15日に開業したのだが、烏山付近の鉄道敷設計画は、明治27年(1894年)の「常野鉄道」の開設運動に遡るようだ。
地元の鉄道建設運動は、烏山と周辺主要地域・路線とを結ぶ鉄道の建設運動であったが、烏山線の開通前年の大正11年(1922年)4月11日に公布・施行された改正鉄道敷設法によれば、別表36で「栃木県茂木ヨリ烏山ヲ経テ茨城県大子ニ至ル鉄道及栃木県大桶附近ヨリ分岐シテ黒磯ニ至ル鉄道」が規定されている。
烏山線は盲腸線ではなく、現在の真岡鐵道の茂木駅や、JR水郡線の常陸大子駅、JR東北本線の黒磯駅を結ぶ鉄道路線網の一翼を担う計画であったわけだ。
むしろ、改正鉄道敷設法の計画路線で、当初から盲腸線として計画されたものの方が、稀であった。
結局、この改正鉄道敷設法の計画は、計画後段の一部分に該当する区間(黒羽駅~那須小川駅)を「東野鉄道」が開業させただけで、実現することはなかった。
「東野鉄道」は、上記区間を1939年6月1日に廃止しており、西那須野駅~黒羽駅間も1968年12月16日に廃止して、鉄道路線として全廃されている。
開業していたら、どのような車窓風景が広がっていたのだろうか。
いずれ、この未成線区間に「ちゃり鉄号」を走らせてみようと思う。
この日は、宝積寺に向かう普通列車を見送り、眠りにつくことにした。
翌日は、駅を出発する前に、地域の名瀑である「龍門の滝」を訪れた。
烏山線は、龍門の滝の落口のすぐ上を走っており、滝の下流の広場から見上げていると、烏山線の下り普通列車が通過していった。
早朝の名瀑は、まだ、訪れる人の姿もなかった。
駅に戻ると、昇り始めた朝日が、丘陵を照らし始めていた。朝の清々しい空気の中、駅のホームに佇んで名残を惜しむ。晴れ渡った空は、今日一日の晴天を予感させる。
通勤・通学の旅客もチラホラと見えていたが、私が利用しようとする列車を待つ客は他には居なかった。
やがて、キハ40系3両の普通列車が烏山駅からやってきた。
3週間分の生活が詰まったバックパックを背負い、一夜を過ごした滝駅を後にした。
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